観音寺のご本尊 聖観世音菩薩:毎月17日(18日)は観音様の日です。

ご先祖ご供養のためにも、ご自身のためにもどうぞ手を合わせてお祈りください。

縁日は年の最初(または月の最初)の縁日を初(はつ)○○(初天神、初観音、初不動など。干支を縁日とする場合は初午、初巳など)と称し、年の最後の縁日を納め(おさめ)の○○または終い(しまい)○○と称して参道に賑やかな屋台などが並ぶ風物詩でもあります。
当山ゆかりの縁日は、観音菩薩 - 毎月17日、薬師如来 - 毎月8日、大日如来 - 毎月28日、地蔵菩薩 - 毎月24日、弘法大師 - 毎月21日、閻魔大王 - 毎月16日です。

観音寺で四季を楽しみましょう
  日本の国土は古の時代より四季が豊かに彩られた国でした。
仏教の伝来後には仏教の教えと様々な古来の風習が結びついて季節の移ろいとともに深く生活の中に浸透して来ました。このページでは観音寺固有の歳時記にとどまらず古来よりの代表的な季節の催しもご紹介し、ふるさと日本を再発見し楽しむ一助になればと願います。

観音寺の四季折々の豊かな表情を写真でご紹介する「写真歳時記・観音寺絵巻」もゆっくりと更新しています。

1月:初詣(はつもうで)

 元旦から三が日、または松の内(元々は1月15日まで、現在は一部地域を除き7日まで)に氏神またはその年の恵方にあたる方角の神社仏閣にお参りする慣わしです。

  「松の内」とは新年に際し歳神様を迎えるための道しるべとして門ごとに門松を置き、この松飾りのある期間のことを「松の内」といいました。
鏡餅はお迎えした神様が鎮座するための場所です。
松の内の期間について
  元々は小正月の15日までであった 松の内の短縮については、寛文2年(1662年)1月6日 (旧暦)、江戸幕府により1月7日 (旧暦)を以て飾り納めを指示する最初の通達が江戸の城下に町触として発せられており、それに倣った風習が徐々に関東を中心に広まったと考えられます。

襖絵の特別公開日

◆公開期間と時間:1月6日から8日の3日間 10時から16時。

襖絵は昭和55年(1980年)佐藤多持氏が5年の歳月をかけ、完成、奉納。
36面の壮大な墨彩画襖絵「水芭蕉曼陀羅」です。正月の公開日と特別行事の時のみ公開しています。

地獄の釜開き・初閻魔・薮入り

1月16日
  地獄絵図を掲げて閻魔さまにお参りする日です。地獄絵図は本堂に飾りますので本堂正面からお参りができます。
地獄絵図は仏法「六道」の「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人」「天」の6つの輪廻転生に由来します。
絵図にて人の道としての過ちを示して日々の善行を諭しています。

2月:如月の歳時記

節分会

 2月3日
 一般的にも広く知られた春を迎える歳時記としても有名な風習です。立春の前夜または当日、豆を撒き、邪気を払い幸せを願う習俗です。豆を祈祷し、本尊に供えます。その後でその年の恵方から撒き始めます。地方によっては鰯の頭を柊の枝に刺して戸口にさして悪鬼を払うという風習もあります。

初午

 2月節入り後初の午の日
稲荷神の信仰は、京都伏見稲荷の鎮座の日にちなみます。
平安時代の初期に 農耕を司る倉稲魂神(うがのみたまのかみ)と仏教の荼吉尼天(だきにてん)が習合した所願祈請の神を祀って五穀豊穣や福徳を祈願するもので、キツネを稲荷神の使いとして油揚げを供えたり、初午団子などを作るなど、各地でさまざまな風習が見られます。江戸時代には商売繁盛の神として、庶民の信仰を集め、5色のラシャ紙に「正一位厄除稲荷大明神」と書いて神棚に供えて祈祷します。

涅槃会

 2月15日
 釈迦入滅の日です。
釈迦が娑羅双樹の下で涅槃に入った際の、頭を北にして西を向き右脇を下にした姿で臥し、周囲に十大弟子を始め諸菩薩、天部や獣畜、虫類などまでが嘆き悲しむさまを描いた仏涅槃図(涅槃図)を掲げを掲げ釈迦の遺徳奉賛追慕のために修める法会です。

3月:弥生の歳時記

春の彼岸会

 3月20日前後(年によって中日が前後します)
 春分の日を中日として、その前後7日間に行う仏事です。また、この期間中に、寺院やご先祖様の宝塔にお参りして供養する慣わしは平安時代から続いています。
煩悩の火が消え、智慧が完成する悟りの境地=彼岸といいます。
中日の日没が、真西にあたることから西方浄土を望む気持ちと、民間の習俗が合わさってできた慣習とも言われています。

春分の日とは中日を指し、国民の休日になっていますが、日本に限らず春分を祝う祭儀は古代より世界広く見られます。
秋の彼岸はこちらです秋の彼岸へクリック

4月:卯月の歳時記

花祭り
4月8日

  灌仏会(かんぶつえ)ともいいますが、釈尊の誕生を祝う行事です。

様々な草花で飾った花御堂(はなみどう)を作って、その中に灌仏桶を置き、甘茶を満たします。 誕生仏の像をその中央に安置し、柄杓で像に甘茶をかけて祝います。

 降誕会(ごうたんえ)、仏生会(ぶっしょうえ)、浴仏会(よくぶつえ)、龍華会(りゅうげえ)、花会式(はなえしき)、花祭(はなまつり)の別名もあります。

 釈迦誕生の時に、龍王が天から飛来して、香湯をそそいだという故事に基づく風習です。

宗派に関係なくどの寺院でも行われており甘茶は参拝者にもふるまわれ、なお、花まつりの名称は、明治時代に浄土宗で採用された呼称で、それ以来、宗派を問わず灌仏会の代名詞として用いられるようになりました。

5月:皐月の歳時記

子供の日
5月5日

 古来から端午の節句として、男子の健やかな成長を願う行事が行われていました。
現在では男女の区別なく国の行事として子供の健やかな成長を願う「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」祝日です。

  この風習は、3世紀の中国で始まったとされますが明らかではなく、中国においては邪気を払い健康を祈願する日とされ、野に出て薬草を摘んだり、蓬(よもぎ)で作った人形を飾ったり、菖蒲(しょうぶ)酒を飲んだりする風習があります。
蓬や菖蒲は邪気を払う作用があると考えられ、現代の日本においても菖蒲や蓬を軒に吊るし、菖蒲湯(菖蒲の束を浮かべた風呂)に入る風習が残っています。

6月:水無月の歳時記

夏至
6月21日ころ

 二十四節気の一つ。太陽黄経が90度のときで、日本の大部分では梅雨のさなか。
北半球では一年中で一番昼が長く夜が短い日です。この日を過ぎると本格的な夏が始まると意味です。
冬至にかぼちゃを食べるように、この日も何かを食べる習慣がありますが、何を食べるかは地方によってまちまちです。

二十四節気
私たちの日常生活と意外に密接な関係にあり、立春、暑い盛りの挨拶「暑中見舞」など日常で使われています。

7月:文月の歳時記

盂蘭盆会
 7月13日~15日
 7月30日~8月1日
 8月13日~8月15日

 新暦と旧暦の違い、農作業の都合などにより一般的に複数の期間が見受けられ、観音寺の場合も上記の3回の期間があります。
  盂蘭盆経の目蓮説話にもとづき、祖先の霊を死後の苦しみから救済するための仏事です。 先祖の霊、新仏、無縁仏に様々な供物を供え、冥福をお祈りします。
また宝塔参りを行い、僧侶が檀家さんを一軒一軒回って仏壇に読経をする棚行を行います。

8月:葉月の歳時記

お盆と彼岸との違いについて
8月13日~8月15日

 盂蘭盆会は彼岸会と同様、主に先祖供養のための行事ですが、彼岸会とは大きく違うところがあります。
それは、彼岸会では先祖の霊魂を彼岸 (智慧が完成する悟りの境地)に到らせようという子孫の想いから仏塔や宝塔をお参りするのが主体となりますが、盂蘭盆会では家に帰ってきた先祖の霊魂(れいこん)をもてなす意味合いが濃く、お盆の迎え火と送り火の風習は先祖を家に迎えるための目印としての儀式といえます。
  先祖を迎え、お送りするに当たり、乗り物として茄子の牛や胡瓜の馬を作りその気持ちを表す習わしがあります。

  僧侶が棚行で檀家さんの仏壇を回り読経する理由は、お家に帰ってきているご先祖の霊を供養するためです。地方により精霊流しなどの行事も見られます。

9月:長月の歳時記

大施餓鬼会

9月12日  「おせがき」は、「施餓鬼会(せがきえ)」「施食会(せじきえ)」などといわれ、各宗派を通じて行われる仏教行事の一つです。  餓鬼道に落ちた飢餓に苦しむ者たちを救うために水や食べ物を施す修法で、盂蘭盆会の精霊供養と同時に行うところもあります。その由来は、『救抜焔口餓鬼陀羅尼経(くばつえんくがきだらにきょう)』というお経によるといわれています。施餓鬼棚に「三界万霊牌」や初盆の戒名を記した位牌を置き、浄水や食物を供え、五如来の「施餓鬼幡」を立てて法要を営むのが習わしで塔婆を宝塔に修めます。中世、近世においては現実の飢餓の方々を救済するための事業でもありました。
お施餓鬼のアルバムはこちらです。


秋の彼岸

 9月20日前後(年によって中日が前後します) 秋分の日を中日として、その前後7日間に行う仏事です。
 彼岸とはその名の通り「岸の向こう」のことですが、その向こう岸とは智慧が完成する悟りの境地のことです。サンスクリットではパーラミター(波羅蜜多)といいます。
 様々な苦に悩む煩悩の世界に対する言葉ですが、仏教伝来後の日本の土着信仰では一般に死後は阿弥陀如来の導きにより人は彼岸に渡ることができると考えられ、既に彼岸の世界へ辿り着いた人たちを供養するとともに、まだ辿り着けずにいる人たちに早く向こうへ辿り着けるように祈り、供養するのが彼岸の仏事の趣旨です。

10月:神無月の歳時記

寒露(かんろ)と霜降(そうこう)
 10月8日ころ:寒露
 10月24日ころ:霜降

二十四節気(にじゅうしせっき)。
 二十四節気(にじゅうしせっき)は、今でも立春、春分、夏至など、季節を表す言葉として用いられています。   1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれ ぞれを6つに分けたもので、「節(せつ)または節気(せっき)」と「気(中(ちゅう)または中気(ちゅうき)とも呼ばれる)」が交互にあります。
  太陰太陽 暦(旧暦)の閏月を設ける基準となっており、中気のない月を閏月としていました。
二十四節気は、その年によって1日程度前後することがあります。

旧暦(きゅうれき)について
昔の暦は旧暦と呼ばれることがあります。旧暦という言葉は、単に昔の暦という意味で使用されたり、明治6年(1873)以降使用されている太陽暦(新暦と呼ばれる)への改暦以前の太陰太陽暦のことを呼んだりしますが、一般には、最後に用いられた太陰太陽暦である天保暦を基にした暦を指すといわれています。現在でも、旧暦に合わせて祭りなどの行事が行われることがあるため、旧暦による日付が暦に入っていることがあります。(出典:国立国会図書館)
国立国会図書館はクリックこちらです。

11月:霜月の歳時記

恵比寿講
11月20日(旧正月20日も同様、地方によっては10月20日)
恵比寿大神、大黒天神を祭る日です。

酒、赤飯、鯛を2尾腹を合わせてお供えしてお祈りします。
お供えをお下げするときには「千万両で買いましょ。万万両で買いましょう。」と唱えてお祈りしてお下げする習わしもあります。

  秋の恵比寿講は農業や漁業の神として五穀豊穣、大漁祈願を願っての民間行事または秋祭りとしての色彩が強いですが、春の恵比寿講は福神・商売繁盛の神であるえびすを祭神として行われる神社・寺の祭事です。日本橋恵比寿講べったら市も有名です。

12月:師走の歳時記

除夜の鐘・黎明の鐘
12月31日
 108の煩悩を払い、新年を迎えるための鳴らす鐘のことで毎年12時頃から打ち始めます。
 観音寺では除夜の鐘を参拝される皆様に公開しております。
大晦日の夜になると境内ではかがり火が盛大に焚かれ、また甘酒や菓子などが無料で振舞われます。
 毎年午後11時頃に本堂正面にて除夜の鐘をおつきになりたい方々に整理券をお配りしていますので鐘をおつきになりたい方は並んで整理券をお求めください。整理券は無料ですから販売等はいたしておりませんのでご承知ください。また、観音寺の除夜の鐘の整理券は単なる紙片ではございません。 霊験あらたかなお守りとして昔より手にした皆様が大切になされています。
なお、除夜の鐘は108打と限りがありますが、除夜の鐘を打ち終えた直後から、新年を迎える鐘として黎明の鐘を公開しております。黎明の鐘は整理券がない方でも打つことができますので、希望される方は整列して順序をお待ちになります。
詳しくはこちらをご覧ください。

四季の境内:大施餓鬼会大法要 写真ギャラリー(写真をクリックするとギャラリーのページでご覧いただけます。)